株式会社大山建工
社名 | 株式会大山建工 |
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設立 | 1979年1月11日 |
資本金 | 7000万円 |
売上高 | 11億円(2024年3月決算) |
従業員数 | 60人(2024年6月現在) |
本社所在地 | 五戸町切谷内淋代14の1 |
電話番号 | 0178(68)3353 |
代表取締役社長 大山 慎司氏
採用情報
募集職種 | 建築監督、土木監督、設計、営業、大工 |
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勤務地 | 八戸市 |
勤務時間 | 8:00~17:00 |
インターンシップ | あり。通年可能 |
社会人採用 | あり |
採用実績 | 2024年高卒1人、2023年なし、2022年大卒1人、専門学校2人、高卒1名 |
初任給 | 建築監督、土木監督、設計20万~22万円20万~22万円、営業20万円、大工8500円/日 |
諸手当 | 資格手当5000~2万円 ▽通勤手当 実費精算(上限有)月額1万円 |
昇給 | 年1回 |
賞与 | 年2回(8月、12月) |
休日 | 年間休日数105日 |
保険 | 雇用、労災、健康、厚生 |
福利厚生 | 退職金制度あり、会社保有アパートあり八戸市内 月3万円 |
選考までの流れ | 書類選考→1次試験(筆記:一般常識と作文)→2次試験(面接と適性検査) |
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―事業内容と強みは。
日本公庫 未来へつなぐ 事業継承/大山建工(五戸町)/2代目が挑む木の地産地消(2024/07/04)
「真心こめた住まいづくり」を理念に掲げる「大山建工」(五戸町)。青森県産の木材を使った数寄屋造りの木造住宅から大型の建築物まで施工実績は多岐にわたり、県内のみならず全国に及ぶ。
創業者の大山重則会長(70)は16歳で大工の道に入り、修業時代の苦楽をともにした大工仲間8人で会社を立ち上げた。卓越した技術力を有する大工たちは「大山大工衆」と呼ばれ、会社の成長を支えてきた。
その経営基盤を長男で2代目の慎司社長(40)が受け継ぐ。慎司社長は、大学卒業後、大手ゼネコンでの勤務を経て入社。2019年、社長に就任した。「当初は(自分よりも年上の)大工や従業員を束ねるのが難しかった」と振り返る。一方、「自分たちの技術力はどこでも通用する」との自負もあり、前職の経験を生かして全国に取引先を拡大していった。
重則会長は慎司社長への円滑な事業承継を行うため、20年に「事業承継計画」を策定。慎司社長のサポート役に回っている。「会社を支えているのは、青森県の木材と大工。地域の木を守り、技術力を次世代へとつないでほしい」と重則会長は思いを語る。
現在は、地域の森林管理にも力を入れ、森の成長過程で発生した間伐材を活用した建物づくりにも挑戦している。県が掲げる「青い森県産材利用推進プラン」に沿って、建築物全体における木材利用を積極的に推進している。木材の地産地消により、脱炭素社会の実現を目指す大山建工の取り組みに期待が高まる。
「数寄屋建築」で三沢に住宅施工/五戸・大山建工(2023/12/12)
五戸町の大山建工(大山慎司社長)が伝統的な建築様式「数寄屋建築」で三沢市深谷2丁目に住宅を施工した。青森県産のスギやケヤキ、アカマツなどを使用し、基礎着工から約4年をかけて、完成させた。10日は建築を学ぶ県内の学生や同業者約120人を招いた完成見学会を実施し、建築技術や県産材の品質の高さをアピールした。
平屋で建坪は200坪(約660平方メートル)。千坪(約3300平方メートル)の敷地には住宅と併せて庭も整備された。
2世帯住宅で、二つあるリビングはいずれも、広い庭を望める設計。和室は長さ9メートル、幅80センチのスギの一枚板を使用し、落ち着いた空間を演出している。
見学会では、大山社長や大山重則会長らが、参加者に部屋ごとの設計、デザインや県産材の特徴などを解説した。大山社長は「青森県産材の質は日本で一番。それぞれの職人の力を合わせて、造り上げることができた」と胸を張った。
2023秋の褒章/黄綬褒章/大山建工勤務、業務精励(建築大工・卓越技能)/中里政義さん(五戸町)/数寄屋建築の技術守る
昨年の「現代の名工」に続いての受章で、自分の仕事だけでなく、伝統的な数寄屋建築に多くの人が関心を持ってくれました。とてもありがたいことです。
16歳で大工の道を志し、50年以上が過ぎました。大山建工には、1979年の創業時から働いています。大山重則会長と何度も京都に行き、本場の技術を学びました。92年に八戸市のよねくらホテル(当時)の和風庭園に建てた茶室は、初めて手がけた数寄屋建築の仕事です。これがきっかけで、一般住宅にも数寄屋建築の要素を取り入れていきました。
他には、五戸代官所や八戸市文化教養センター南部会館の東屋(あずまや)も手がけました。建築物は人が住んだり、催しなどで使われたりすることで味わいが出てきます。そのことを多くの人に知ってもらいたいですね。
青森県産のスギやアカマツ、クリなど、地元の木材を無駄なく使うことにもこだわってきました。
現在は棟梁(とうりょう)として、数寄屋建築の技術を後進に引き継いでいきたいという思いを強く持っています。後輩たちには「日々勉強だ」と指導しています。努力をして、試行錯誤を繰り返すことが大切です。しっかり考えて取り組んだ仕事は、自分の技術として体に染み付いていると思っています。
数寄屋建築ができる業者は、東北でもごくわずか。本場の京都でも少なくなっていると聞きます。日本の建築文化を守り育てていきたいと思っています。